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かわいいとおいしい

かわいいものとおいしいものの話をします

生きづらい私と仏教

ひろさちや先生の般若心経本を読んでいる。

ひろさちやの般若心経88講

これがまた分かりやすくて、よみやすくて、良い。なんだかんだ般若心経についての理解が浅かった私もさくさく読めるし、どんどん影響される。どれくらい影響されるかというと、思わずカッとなってしまったときに、「いやでも世の中全て空なわけだから、この怒りも私が怒っているから、怒りになるわけで、私が怒らなければ怒りにならないよね」といちいち考えがよぎるくらいである。

自分の気持ちを因数分解していくと、確かに冷静になってきて、本来の怒りの感情はなくなったような、いや、必要ないものだと理解できる、が近いかもしれない。そんな気がする。ただ、このままこの方法を続けていくと、自分が自分でなくなるような気もするのもまた事実である。

私は割と感情的で喧嘩っ早い。顔や声に表情が出るし、敢えてそれを出すことで相手を萎縮させるコミュニケーションをとって生きてきてしまった。結果、この世はとても生きづらいので、せめて自分が生きやすいように、自分の身の回りの世界を固めることに躍起になって、生きてきた。そんな私にとって仏教の教えは本当に心から救いになっていて、生きづらいこの世を少しでも生きやすくするような知恵として習得したいと、本心で思っているのだ。ただ、仏教の教えがわかればわかるほど、見に沁みれば沁みるほど、私がいなくなるような気がして少し不安になることがある。感情をフルに表現して生きてきた私が、コントロールを身につけてしまうことで、何かを失うのではないか、そんな気持ちがまだどこかにあるのだ。この気持ちとどう折り合いをつけていいのか、今の私にはまだ答えが出せない。

でもただただ生きづらい今の性格を変えたい。他人が変わることを期待しないことに決めた私は、自分が変わるしかないのだ。